棋士 羽生善治

更新日:09/11/10

プレッシャーはブレークスルーの前兆。肩の力を抜いて平常心で。

目標と実力がかみあい始めると、結果へつながる。

20歳の竜王戦で自分を見つめ直して以来、羽生さんはフォーム改造など自らを改革していく。
「しかし、1年ぐらいは全然結果が出ませんでしたね。ずっと、冴えないなぁと思っていました(笑)。思い立ったからといって、すぐに何とかなるものではないんですよね」。
目指すものと、自分の実力。それが徐々に「調和したり、かみあうようになる」ことで結果に結びついていく。
1991年に「棋王」、92年に「王座」、93年に「棋聖」と「王位」を獲得。94年には、400年に渡る伝統と権威を持つタイトル「名人」を手にした。同年に「竜王」を奪取し、前人未踏の6冠に。全7冠が独占されるかと周囲の期待がかかるが、95年の「王将」戦に敗れてしまう。
誰もが諦めかけた7冠独占という記録。しかし、羽生さんは翌一年間、6冠すべてのタイトルを防衛し続け、なんと前年果たせなかった王将戦で勝利。奇跡というべき7冠に輝く。

プレッシャーが掛かる時は、達成まで最後の一歩。

多くの人々の注目を浴び、期待を背負い続けた羽生さん。時に、プレッシャーに押しつぶされそうにならないのだろうか。
「プレッシャーは、その人の器に合わせて掛かるものなんです。たとえば、高跳びで仮に1メートル50センチのバーを跳べる人がいたとします。どういう場面でプレッシャーが掛かり、逆に掛からないかといえば、バーが1メートルならプレッシャーは掛からないんですよ。跳べるに決まっていますから。2メートルでも掛かりません。跳べるわけがないので。バーが1メートル55センチとか60センチの時に、プレッシャーは掛かってきます。つまり、どうしたってムリな場合は掛からない。掛かる時は、そこそこいいところまで来ている。あともう一歩でブレークスルーがあるんです。だから、もしプレッシャーを感じたら、自分はもう8合目まで来ていると思っていればいいんですよ。まあ、最後の一歩が大変といえば大変なんですが(笑)、8合目まで来て引き返してはいけません。遅かれ早かれ達成するはずです。時間の問題と思えば、気楽にできます」。
ビジネスでもプレッシャーが掛かる場面は避けられない。しかし、ブレークスルーの一歩手前と受け入れて肩の力を抜けば、平常心に近づけるに違いない。

結果だけでなく、プロセスの中での発見を楽しむ。

勝負の世界では、残念ながらいつも勝ってばかりはいられない。敗れる場合も当然ある。7冠を制覇した後、羽生さんはタイトルを次々と失い、2004年には王座の1冠のみとなってしまう。
「対局をしている時には“手応え”みたいなものがあるのですが、もともと、タイトル7つを取った時は『さすがにこれは出来過ぎだろう』という感じだったんですね。楽勝とか圧勝であれば、勝つのは順当となるんでしょうけど、全くそういうわけではなかったんです。だから、あとで揺り戻しがあるだろうと思っていました。ただ、将棋は10代から70代までの棋士がいて、何十年と指し続けていく世界。何百局、多い人だと何千局という単位で対局していくので、対戦の“めぐりあわせ”で勝敗が決まることは少ないのです。アスリートの方たちのように、オリンピックの一回は人生一度の大勝負、という話とは全然別です。長く指し続けると5年とか10年も経てば、落ち着くべきところへ落ち着くかなと感じていましたね」。

負けが続いても動揺しない。実力があれば、いずれ巻き返しに転じることもできる。逆風が吹いても、形勢が不利でも、大仰に慌てず焦らず、通常のペースを守ることが必要なのだろう。実際、羽生さんは同年度中に王位を奪還し、あっという間に4冠を再び手にしている。
しかしまた、羽生さんはこれまでの経験から「結果だけにこだわると、いずれ煮詰まる」と痛感しているという。
「結果をすべてと思うと、広がりがでません。自分自身が実力を上げていくプロセスの中で、発見だったり楽しさだったり未知なものへの好奇心などを、どれだけ多く見つけて拾い上げていくかが大切だと思います」。

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